曹操の墓「曹操高陵」そして三国志時代の終焉

東京都

曹操の墓「曹操高陵(そうそうこうりょう)が2008年から2009年に発掘されました。

その曹操の墓に関連した展示も多数あります。

横山光輝先生の漫画「三国志」で曹操が亡くなる場面。220年に亡くなり、そのあとを曹丕が継いでいます。同年に曹丕が義を建国し、漢の世が終わりを告げました。

曹操の夫人の卞氏は230年に亡くなり、同じく曹操高陵に合葬されたとのこと。

曹操高陵の全体写真。

この三国志展では、曹操高陵の中の様子を同じサイズで枠組みによる再現をしています。

曹操高陵の内部の写真。

罐(かん)。曹操高陵から出土した高火度焼成の白磁。白磁の誕生が6世紀後半のため、なぜ2世紀の曹操の墓にあったのかが謎とされている。

觿(けい)。先端を帯の結び目に挿して、帯を解くのに用いた道具とされている。

瑪瑙円盤。三国時代の墓から瑪瑙製品が出土することは極めて稀とのこと。

画像石。石に絵が刻まれています。両手に槌を持っています。

白虎仁。

鼎(てい)。鼎は支配者の徳を表すものとして重んじられてきたとのこと。複数の鼎を副葬できた人物は限られ、最大数は皇帝の12口。

石牌(せきはい)。曹操の墓であることを決定的にした石牌。「魏の武王(曹操)」愛用の虎をも倒す大戟。と刻まれています。

飾板。銀製の装飾品で、意匠が凝ったもの。

釵(さい)。髪飾りのように見えるものの、実際の使用用途は確定されていない。

曹操の墓から外れ、続いて先のエリアでは、曹操の息子で魏を建国した曹丕絡みの展示がありました。

金製獣文帯金具(きんせいじゅうもんおびかなぐ)。瑞獣があしらわれています。このような帯先金具の別の名を鮮卑頭と呼び、鮮卑頭(せんぴとう)を付けた豪奢な帯を廓落帯(かくらくたい)と称するとのこと。

そして、その廓落帯は魏の建国者の曹丕も欲したそうです。

石牌。中央には鮮卑頭という名も記載されています。また、左には魏志倭人伝に書かれていた縑(けん・かとり)という絹織物の名前も記載。

白玉獣文鮮卑頭。裏側の刻銘から、鮮卑頭と呼ばれていたことがわかります。西晋の建国者である司馬炎が、即位の大典に合わせて特注させたとの意見も。司馬炎は魏で活躍した司馬懿の孫にあたります。

曹植の墓。曹植は曹操の5男。曹丕が3男。

曹植の墓からの出土された圭(けい)と璧(へき)。ともに伝統的が儀礼の道具。後漢には衰退したものの、曹操は魏公の位になると、古の儀礼制度を復活させ、その影響でこの時代にはこれらの副葬品が散見されるとのこと。

耳杯(じはい)。器の左右に耳のような部分があり、持てるようになっている。酒や汁物に用いる。

曹植の人形。

罐(かん)。薬廿(くすりにじゅう)との押印が焼成してあります。押印のある三国時代の容器はこの曹植墓出土のものだけ。

続いて蜀の地方で発掘された品。

天文図棺飾(てんもんずかんしょく)。木棺を飾った円板。表面中央に闕(けつ)が刻まれています。

闕とは宮殿などにある一対の門柱で、屋根付き。この絵では天門という銘があり、天界への入口を表している。

揺銭樹(ようせんじゅ)。板状の枝葉には西王母や千人などが飾られています。ここまでの物が今も残っていることに驚きです。2世紀のもの。

揺銭樹台座。揺銭樹を乗せる台座。台座には辟邪(へきじゃ)と呼ばれる架空の動物が象られています。

墓門。墓の中の通路を分けた門。中国では箒(ほうき)を持って貴人を迎えることが敬意を表すとのこと。

蜀の劉備が眠るとされる場所「恵陵」の写真。四川省の成都市にあります。

続いて呉の地域から出土されたもの。

人面文瓦(じんめんもんがわら)。昔の建業、今の南京から出土。孫権が帝位についた際に呉の都となる。この瓦のような意匠は南京を中心にみられる独特なもの。

指輪。

虎形棺座(とらがたかんざ)。棺を置くための石製の台座。呉の墓として最大規模を誇る場所から出土された台座。

後の写真が置かれている状況。手前と奥の虎形棺座の上に棺を乗せていたと思われます。

牛車(ぎっしゃ)。昔は馬車が主流だったが、2世紀末から牛車に乗ることも増えていった。特に呉の地で増加したこともあり、有力者の墓から出土されたものと思われる。

そして、いよいよ三国志展最後の展示です。

横山光輝先生の三国志の名シーンの一つの諸葛亮孔明が亡くなる直前の原稿。

「晋平呉天下大平」磚。呉の都の建業に近い場所で発見されたもの。「墓の主人の姓は朱、本籍は江乗で、上(描)に住んだ。庚子の歳に晋が呉を平らげ、天下太平となった」と記されています。

「描」の部分は説明書きには□に囲まれていたので、補ったものかもしれません。

庚子の歳の「庚子」は干支のこと。この時代の280年が該当し、その年に呉が滅び、三国時代が終焉を迎えたことになります。

これにて三国志展の展示内容の紹介を終わります。

単に展示物を見るだけではよくわからないものも多いですが、パネルに書かれた説明とセットで読むことで、当時の一端を思い知ることができました。

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2019年7月中旬の平日に、東京都の上野へ一人旅に出かけた際の旅行記です。

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