丸岡城に入ります。
入口にスタッフがいるので、チケットを見せます。
そして中へ。
1階はパネル展示等がありましたが、まずは最上階へと向かいます。
昔の城でもあり、階段が急です。足腰が弱い人などは上るのが厳しいかもしれません。ロープをつかみながら登りましょう。
1階にはバッグが大量にありました。どうやら、地元の幼稚園児が訪れているようで、一番上の階に陣取っていました。
降りてくるのを待っていましたが、一向に降りてくる気配がないので、登っていくことに。
そして、2階に移動。
窓の外からは町並みが見えます。
瓦はすべて石製という、全国でも一風変わった天守です。
さまざまな飾りなども見て取れます。懸魚を後ろから。
何かしらの文字も描かれています。
丸岡城の歴史。かなり年季が入っているのがわかります。
そして、最上階の3階に。
3階からも町並みが見えます。外にも通路があり、欄干がありますが、外に出ることはできません。
学校も見えます。この学校のあたりが昔は二の丸があった場所とのこと。
この丸岡城は、直線的に一本の柱が1階から3階まで通っているわけではなく、それぞれ個別に建てられています。1階の上に2階が乗っているような感じです。
屋根の様子。天井板は張られていません。
天井の木々の組み合わせなど。
柱にはロープが付けられ、これが階段を降りるときに活用されています。
城内での事故は一切責任を取らない旨の注意書き。階段の上り下りの時のケガはもちろん、靴の間違いや盗難などについて書いてあります。
釘隠し。
誰かが回転させたのか、その周りが円周状に柱が削られています。
さらに別の角度の外の様子。
最上階の様子。そこまで広くはありません。ここに幼稚園児が大量にいたので、見て回るのも大変でした。
さらに外の様子。
欄干。外に出ることはできません。
見えにくいですが、壁を削って名前を書いている人がいました。
それにしても、見晴らしがよい場所です。
最上階に15分ほど滞在し、下に降りていきます。上るときより、下るときのほうが怖いです。
そして2階へ。2階には出部屋もあります。
窓。
そして1階へ。1階は展示物が多く、パネルなどで歴史等を知ることもできます。
昔の町並み。濠が彫られており、周囲は水がありましが、今は埋められています。
ここを収めていた本多家の家系図。本多家というと、徳川四天王の本多忠勝が有名ですが、それとはまた別筋の家系です。ですが、つながり自体はあります。
そして、歴代の収めてきた家系の概要。築城は柴田家ですが、藩としては本多家の時代からで、初代藩主は本多成重でした。1613年のことです。大坂の陣の1615年の2年前です。
石落とし。
狭間。
一通り天守内を見終え、再び外に出ます。
天守にいた時間は35分ほど。幼稚園児がいたため、うまく写真が撮れずに苦労していました。
丸岡城 福井県 一人旅の旅行記
2018年6月上旬の平日に、福井県の丸岡城へ一人旅に出かけた際の旅行記です。